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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20809号 判決

原告

長谷川武司

原告

柏木徹

右両名訴訟代理人弁護士

森本宏一郎

被告

国武株式会社

右代表者代表取締役

杉岡義行

右訴訟代理人弁護士

真木光夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告長谷川武司(以下「原告長谷川」という)に対し、金七八〇万五五二一円、原告柏木徹(以下「原告柏木」という)に対し、金一一九五万円及びこれらに対する平成七年一二月一五日以降各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、ゴルフ場等の経営、管理等を業とする会社であるが、株式会社大久保(以下「大久保」という)を頂点とする国武グループの一社であり、同グループには被告のほか仙台藤屋産業株式会社(以下「仙台藤屋」という)、コクブ土地株式会社(以下「コクブ土地」という)、藤屋ゴルフ株式会社(後に山王ファイナンス株式会社に商号変更)等が所属し、平成四年一月当日、大久保の代表者は大久保隆(以下「隆」という)が、その余の会社は被告を含めて隆の実弟である大久保芳和(以下「芳和」という)が代表者を務めていた。

2  被告では、平成三年九月ころから同社内に特別プロジェクトチームを編成し、芳和の直接の指揮の下で中華人民共和国海南省海南島でのゴルフ場開発プロジェクト(以下「本件プロジェクト」という)を進めていたが、平成四年一月、被告と仙台藤屋からの資金をもって香港法人の休眠会社であるクロックス・テック社を買収し、商号を國武香港有限公司(以下「國武香港」という)と変更したほか、同年七月には海南省海口市に現地法人として海南本海興楽業有限公司(以下「海南本海」という)を設立した。

3  原告長谷川は、平成三年四月二日に被告に雇用され、総務担当者として勤務していたが、平成五年三月ころから本件プロジェクトに関連する業務も一部行っていた。また、原告柏木は、平成四年四月二四日に被告に雇用され、その後一貫して、主として香港において本件プロジェクト業務に携わってきた。

4  原告らは、平成五年四月一日付けをもって國武香港に移籍して、本件プロジェクトに専任することになり、原告長谷川もそれ以降は専ら國武香港の日本における総務関連業務に携わることになった。そして、原告らは同年七月二〇日にそれぞれ國武香港の取締役に就任し、同日、東京都渋谷区に國武香港(國武香港リミテッド)の東京事務所が開設され、原告長谷川がその日本における代表者に就任した。

二  争点

1  原告らの主張

(1) 原告らは、被告による國武香港への移籍という業務命令に従い、被告に在籍したまま國武香港に出向したものであり、被告との雇用契約関係は継続している状況であった。

(2) 仮に國武香港への移籍が被告からの退職を意味するとしても、本件プロジェクトにおける被告の果たした役割、その資金関係、組織関係などからして、原告らは右移籍後も実質上被告の指揮命令に服して業務に従事してきたものであるから、被告は原告らの実質上の使用者というべきである。

(3) 平成六年四月以降の原告らの給与は、原告長谷川については年俸一一〇〇万円(月額支給分七三万七〇〇〇円、六月及び一二月支給の賞与各一一〇万円)、原告柏木については年俸一二〇〇万円(月額支給分八〇万円、賞与各一二〇万円)で、毎月二〇日締め、二五日払いの約定であった。

(4) 原告長谷川は、平成六年六月分から平成七年五月三一日までの給与合計一一二六万一五一六円のうち三四五万五九九五円の支払を受けた。また、原告柏木は、平成六年五月分から平成七年六月分までの給与合計一二八〇万円のうち八五万円の支払を受けた。

(5) よって、原告らは被告に対し、右各期間内の給与の残額及びこれらに対する最終の支払期日の後である平成七年一二月一五日以降各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1) 原告らは、被告から最終給与の支払を受けた平成五年四月二五日をもって被告との雇用契約を合意解約して被告を退職しており、それ以降は國武香港との間で雇用契約を締結したものである。

(2) 被告と國武香港とは、資金的にも、組織的にも混同はなく、個別的独立性を有する法主体であり、社会的・経済的にも全く別法人である。

第三判断

一  在籍出向の主張について

前記争いのない事実に加え、(証拠略)及び原告ら各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  本件プロジェクトについては、従前被告の開発部において企画され、事業計画が進められてきたが、平成五年四月、これを分離独立させて國武香港に移すことになった。そこで、被告や仙台藤屋等国武グループがそれまでに本件プロジェクトに使用した諸費用九億円余について、被告や仙台藤屋と國武香港との貸借、隆と芳和との貸借というような処理がなされたほか、被告が所有していた國武香港の株式二五万株が芳和に譲渡された。そして、芳和は、國武香港において本件プロジェクトの推進に専念するべく、同月二〇日付けで被告、仙台藤屋、コクブ土地等国武グループ各社の取締役をいずれも辞任した。また、被告内の本件プロジェクトチームが従前から使用していた什器備品及び事務機器等の類も、有償又は無償で被告から國武香港に譲渡する手続がとられ、同年七月二〇日には新たに事務所を賃借して、國武香港の東京事務所(東京支点)が開設され、同事務所に移された。こうして、本件プロジェクトに関する業務は、國武香港及び海南本海において専ら進められることになった。

2  原告らは、平成五年五月一日ころ、本件プロジェクトチームが国武グループから独立することになったこの度の組織改革に伴い、同年四月一日付けで國武香港に移籍していただくことになった旨の通告を受け、原告長谷川においては五月一二日に、原告柏木においては同月一六日にそれぞれ移籍を承諾する旨の承諾書を提出した。なお、右通告書には、給与・社会保険などの待遇面は原則として変更はない旨の記載があった。原告らに対する給与は、同月二五日に支給された五月分までは従来どおり被告から支給されたが、翌六月分以降は國武香港から支給されるようになった。もっとも、被告から國武香港に移籍した社長の芳和及び原告ら従業員の社会保険、雇用保険等は、國武香港東京事務所(東京支店)の設置の登記等開設の手続が遅れたため、その諸手続が完了した同年一〇月までの間被告に所属しているものとして継続加入の扱いがなされた。

3  本件プロジェクトの事業は、ゴルフ場用地の取得に予想以上の経費を要することになったばかりか、会員権の販売もはかばかしくないなどの事情も重なって、平成五年末ころから國武香港の資金繰りが次第に苦しくなり、平成六年四月以降従業員に対する給与の遅配が始まった。これに対して、國武香港及び海南本海は、被告をはじめ国武グループの関係者から資金援助を仰いだり、台湾の企業と合併して事業を進めるなど種々の方策を講じようとしたが、いずれも功を奏せず、結局、平成七年四月ころ同事業は頓挫するに至った。原告長谷川は同年五月三一日付けで、原告柏木は同年六月三〇日付けで、それぞれ國武香港を退職した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、原告らは、従来被告の一部局で進めていた本件プロジェクトの事業を平成五年四月に分離独立させて國武香港に移すに伴い、國武香港への移籍を承諾したものであるが、その経緯に加え、その後給与の支給をはじめ國武香港の従業員、更には取締役として、被告とは直接関係なく処遇されているのであり、その後の被告と國武香港との関係に鑑みても、原告らが被告に在籍したまま國武香港に出向した、いわゆる在籍出向とみることは困難である。

もっとも、先に認定した移籍についての通告とこれに対する原告らの承諾書の提出以外に、原告らが自ら関与して被告を退職する手続をとったことを窺わせる証拠はないけれども、右承諾書の提出をもって、被告における身分を失う、いわゆる転籍出向の同意と解するに十分であり、別に退職手続を経ていないからといって、直ちに被告に在籍したままの出向であると結論づけられるものではない。また、國武香港に移籍後も平成五年一〇月までの間、社会保険、雇用保険等の取扱いの上で、引き続き被告の従業員として継続加入の扱いがなされた点も、國武香港東京事務所の開設手続が遅れたため便宜上とられた措置というべきであって、これによって事の本質が変わるわけのものではない。

その他、原告らの國武香港への移籍後も被告との雇用契約関係が継続していると認めるに足りる証拠はないから、原告らの同主張は採用しがたい。

二  実質上の使用者の主張について

國武香港の設立の経緯やその後の被告との関係は前記のとおりであり、資金的にも人的にも両者間に密接な関係があったことは否定すべくもなく、先に認定したとおり、原告ら國武香港に移籍した従業員の社会保険、雇用保険等の取扱いの上において当初半年余り便宜的な扱いがなされたり、(書証略)によれば、國武香港が分離独立したはずの平成五年四月一日以降も少なくとも同月下旬ころまでは、本件プロジェクトに関する事項について、従前同様被告内の稟議にかけられその決済を経ていたことが窺われ、その移行の当初においては多分に混乱が見られなくはない。しかし、これらの事情があるからといって、原告らの國武香港への移籍後、原告らが被告の指揮命令に服して業務に従事していたと認めることはできないし、國武香港と被告が実質上同一の法人格であるとみなすこともできない。

そうすると、被告は原告らの実質上の使用者であるという原告らの主張もまた採用することができない。

三  結論

よって、原告らの本件請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がないからいずれもこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成九年五月一二日)

(裁判官 萩尾保繁)

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